阿瞞少年のとんち
曹操は幼名を阿瞞という。
阿瞞が十二歳のある日、学校が終わって家に帰る途中に、自分よりもいくつか年上の
男の子が、井戸の側でしゃがんで泣いている姿を見た。
阿瞞はその少年のところに走っていって、聞いてみた。
「おにいちゃん、どうしたの? なにかあったの?」
少年は阿瞞を見たが、十やそこらの子供だったので、ため息をついて首を横に振った。
「おまえみたいな小さいのに言ってもしょうがないさ」
「まあそう言わずにさ。言ってみたら、解決できるってことだってあるかもしれないじゃないか」
臆せず自分を見上げてくる阿瞞に、少年は、この子供はなんだか賢そうだと思った。
そして涙を拭きながら、事情を話したのであった。
その話はこうだ。
彼は三人兄弟の一番下なのだが、両親が死んでしばらくして、上の兄も死んでしまった。
それで次男が家を継ぐことになったが、これがよくない男で、弟がまだ幼くて
何も分からないと思い、三男に、家の財産を分けてしまおうと言ってきた。
「兄弟は三人なんだから、財産も三つに分けないとな。あにきが死んだとき、
おまえはまだ子供で、おれがあきにを埋葬したから、おれが三分の二をもらう。
おまえは残りの三分の一だ」
三男はまだ子供であまり道理が分かっていなかった。ただ次男のいうとおりにした。
ところが次男は、三分の二を取っただけではまだあきたらず、三男を死なせて財産を
独り占めしようと思い、三男に言った。
「おとうとよ、他のものはちゃんと分けられたが、まだ井戸があったぞ。これもちゃんと
分けないと、のちのち諍いのたねになるからな」
「井戸なんてどう分けるのさ」
「ちゃんとやりかたがあるさ」
そして重い棒を持ってきて、井戸の入り口を三分の二のところで区切った。
「さあこれでいい。おれは三分の二を、おまえは三分の一を使うんだ」
入り口が三分の二になっても、次男は問題なく水を汲めたが、三男はそうはいかない。
三分の一になった入り口は狭すぎて、桶を入れることが出来ず、水を汲めなくなってしまったのだ。
阿瞞はこれを聞き、こんなめちゃくちゃな理屈で人をいじめるなんて、
なんとひどい次男なのだろうと思った。
「泣かないで。ぼくが解決してあげる。ちょっと耳を貸して」
阿瞞が三男に耳打ちすると、三男は飛び上がって喜んだ。
次の日、三男は朝から水桶を持って、井戸の側で待っていた。
すると次男が水を汲みにきた。
次男の姿が見えると、三男はおもむろにしたばきをおろして、井戸の中に小便をした。
次男はそれを見て、びっくりして叫んだ。
「おい!なんだって井戸に小便なんかしやがるんだ!水が飲めなくなるじゃないか!」
三男は強気に言った。
「ぼくの分は三分の一しかないから、口が小さくて桶が入らない。役に立たないから
便所に使うことにしたんだ。ぼくの分をどう使うかはぼくの勝手だろ」
次男は悪巧みが失敗したのを悟り、三男に言った。
「なあ、この井戸は分けるのをやめて、平等に使うことにしようじゃないか」
「いやだ」
「どうしてだよ」
「どうしてかって? じゃあどうして、財産はにいさんが三分の二を取って、
ぼくが三分の一なんだ?」
次男は怒って言った。
「他の財産はおれが三分の二をもらう権利がある」
「じゃあどうしてこの井戸だけは平等に分けるんだよ」
次男は言葉に詰まったが、しかし譲りはしない。
とうとう口喧嘩になった。
と、阿瞞が同級生達を連れてきて、二人を囲み、口々に次男を責めはじめた。
「大人のくせに、子供をいじめるのか?」
「ひどいにいさんだ。兄として失格だ!」
「あんたの理屈はめちゃくちゃすぎる!」
「財産はちゃんと公平に二分するべきだ!」
次男は赤面して、黙ってしまった。
この騒ぎが人々の耳に入り、まちじゅうの人が次男のやりかたを非難した。
それで次男もどうにも仕方がなく、あらためて財産をきっちり半分に分けることになったそうな。
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