華侘廟を作る
三国時代、亳州からはふたりの偉大な人物が出た。魏王曹操と、神医華侘だ。
曹操は悪者だと侮ってはいけない。実は文武に優れ、何でも出来てしまうすごい人物だった。
けれどもふたつだけ良くないところがあった。疑い深いのと、簡単に人を殺してしまうところだ。
ある日、曹操は政務を取っているときに、急に眩暈をおぼえ、倒れた。
持病の頭痛の病におそわれたのだ。部下達はあわてて、医者を呼び手当をさせるが、半日
経ってもちっともよくならない。
謀士の荀ケは神医と評判の華侘のことを思い出して、すぐに人をやって華侘を呼んだ。
華侘は魏王府にやってきて曹操を診たが、顔色が真っ青で、脂汗が出ているのを見て、
簡単な病ではないと思った。
そしてしばらく診察すると、七寸はある針を一本出し、頭の上穴に刺した。
すると曹操はしびれるような感覚をおぼえ、全身に生気がみなぎってきた。そして
驚いた事に、あの頭痛もきれいさっぱりなくなったのである。
曹操はとても喜んだ。才を愛する彼は、華侘をずっと側に置いて、自分の仕事の
助けになってもらいたいと願った。
華侘はその申し出を受けようとしなかったが、あの手この手を使って引き止めた。
故郷で自分を待っている患者たちのことが頭を離れず、華侘は早く帰りたくて
仕方がなかった。ある日、ついに華侘は曹操にうそをついて、妻が病気なので
帰らせて欲しいと言った。
曹操は華侘を帰したくなかったが、しかし妻が病気では、帰さないわけにいかない。
別れ際、曹操は華侘に、すぐに戻るようにと何度も言った。
しかし華侘には戻る気はなかった。医者が必要な患者は曹操ひとりではないのだ。
一月が過ぎ、二月が過ぎ、三月が過ぎた。
曹操は華侘が帰ってこないので、人を派遣して何度も督促した。
その間に華侘が関羽の骨を削って治療したことや、東呉の将軍周泰の腸を洗って
治療していたことを伝え聞いて、とても腹を立てた。
この一年、曹操は戦に明け暮れていたため、また頭痛の病がぶりかえして、ついに倒れてしまった。
華侘に使いが出された。呼びに言ってももうこないのではないかと使いのものは恐れたが、
華侘は応じた。
曹操がこの乱世に必要な人物で、死なせてしまうのは惜しいからだ。
華侘は使いが持ってきた礼物を近隣の人に分け与え、妻に別れを告げて去った。
華侘が軍中に来た時、曹操はちょうど人に指示をしているところだった。
自然華侘との会話はない。華侘は脈を診た後、半日黙っていた。
曹操は言った。
「華先生、わしはそんなにひどい病なのか」
「混脳サを患っておられます」
「すぐに針を打ってくれ」
「針は効きません」
「では薬を処方してくれ」
「薬も役に立ちません」
「では方法はないのか?」
「なくはありませんが、あまりよくない方法です」
「言ってみろ」
「頭を割り開いて治療します」
曹操は驚いた。頭を割られて死なない者などない。つまりは自分を殺すと
言うことではないか?
何度呼んでも来ないし、来れば頭を割らせろという。今は両軍が交戦している
時だ、もしかして敵に通じているのか?
曹操の疑いの病がはじまった。彼は部下に命じて、華侘の首を切ってしまった。
では華侘は死んでしまったのか? そうではない。彼は神になったのだった。
華侘の首を切った夜、曹操は夢に華侘の姿を見た。
華侘は曹操の頭を割り、脳を取り出して薬液で洗って、元にもどして縫合した。
すると頭痛はウソのように治った。
曹操は喜んで、褒美を取らせようとしたが、華侘は言う。
「褒美も地位も、何も要りません。ただ私は人の命を救いたいだけです。
恨みにも思いませんが、気に掛けて下さるのなら、もう二度と無辜の民を殺さないと
約束して下さい」
そして深く頭を下げて、ふわりと消えてしまった。
曹操が目を開けると、ちょうど妻の卞氏が彼に薬を飲ませようとしている
ところで、軍医たちが何人か、帷幕のなかにいた。
曹操はまだ半ば夢の中にいて、なんだか信じられない気分だった。
数年の後、曹操が祖先を祭るために故郷に帰ると、正面から不満を言う人は
なかったが、誰もが背後で陰口を言った。
「王大頭はあの治療を受けて、混脳サが治ったんだ。曹阿瞞は冤罪で名医を殺し
ちまった!」
それが自然、本人の耳にも入った。
そこでその王大頭を召し寄せて聞いてみると、確かに十年前混脳サを患って、
曹巷口にある華侘の病院で、あの治療を受けたのだった。
見れば王大頭の頭には、一本長い縫合の跡があった。
「ああ、やはりわしの間違いだった!」
赤壁で大敗したときも涙を流さなかった曹操が、悔やんで涙を流した。
彼は大金をかけて、華侘の為に立派な廟を建てようと思った。
土地の人たちも華侘の廟を建てたいと思っていたが、曹操の咎めがあるかもしれない
と怖れて、今まで言い出せなかったのだった。
華侘の廟を建てるため、みんながたくさんの財産を持ち寄った。
さあこれから建てようというときに、みなの夢に華侘が現れた。背中に青い袋を背負って、
いかにもさっき治療から帰ってきたというような、変わらぬ姿をしていた。
彼はやさしく言った。
瑠璃瓦も、金の塑像もいらない
華侘は神になっても清貧であった
神医華侘自身がそういうのだから、従わないわけにはいくまい?
曹操も故郷の人々の意見を尊重して、清楚な廟を建てた。
それは「華祖廟」と名づけられ、今にいたるまで大事に保管されている。
*「華祖廟」は今でも観光名所です。
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